法政大学経済学部同窓会


教えて下さい!仕事の悩み解決方法


大学卒業後就職してから、あなたはキャリアアップ、人間関係、転職などで悩んでいませんか?
このような方々のために、社会で活躍されている法政大学経済学部卒業生の先輩にインタビューして、
仕事に関する悩みの解決方法やアドバイス、その他知りたいことを聞いてみました。
卒業後3〜5年目くらいの若手社会人の方は特に必見です!

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第7回後篇 中途採用希望者は自分の売りを作ろう!
 
主婦と生活社 LEON編集部 堀川 正毅  さん
 





《プロフィール》

1977年生まれ。
2001年法政大学経済学部卒業。
ソフトバンク メディア アンド マーケティング(現 ソフトバンク クリエイティブ)に2001年4月入社。2006年同社を退社し(株)主婦と生活社に入社、レオン編集部に配属され現在に至る。




―レオンに入るまでの経歴を教えてください

―新卒の時から、ソフトバンク メディアアンド マーケティングで編集者として働いていました。
最初は、パソコンのことも、よくわからなかったですよ。でも5年もいたので、一通りのことは出来るようになりました。パソコンも一人で組みたてられますし、エラーが起きたときに直せないことはほぼないです。ソフトバンク時代に学んだことが、僕の売りと強みになっています。



―転職しようと思ったきっかけはなんでしたか




―ずっと転職しようとは思ってなかったんですが、5年目のある瞬間に、次のステップに行きたいと思ったんですよ。
それは、任せられた大きな仕事を成功させて、自分の中に満足と確信を得た瞬間があって、そのまま勢い外で勝負しよう、と。5年目の12月くらいに中途採用情報を調べて、2月に試験を受けて、4月にはもうレオン編集部で働いてましたよ。



―コーディネイトの勉強はどのようにしているのですか

―編集部で一番スーツに詳しくなるために、2007年4月から365日ほぼ毎日、スーツを着たんですよ。編集部ではスーツ着用のルールはなく、私服でもいいのですが、毎日スーツを着てみることで新たに分かることがたくさんありました。

スーツは、夏は暑くて着ていられないし、しわが気になるし、汗でびしょびしょに濡れると、寒い思いをしたりするんですよね。そういう時は、吸水性の優れたシャツの方が向いているんじゃないかとか、しわが気にならない、ねじれを戻す糸入りのスーツが向いているんじゃないかとか、そういう発想が思いつきます。それがそのまま企画になるんですよ。

それから本を読んだりするなど、知識と現場の両面から勉強しています。でも、現場が大きいですね。着て初めて、なるほどねって思う。



―トレンドになるような企画はどのように作るのですか



―洋服業界の発表会で、ブランドの担当者に自分の中で流行りそうなものの意見を聞いてみたりします。感触がよかったら企画になります。
レオンのファッションのベースはイタリアなので、ミラノの街角でお洒落な着こなしをしている人の写真がデータとして毎月送られてきます。それ見て、あぁこういうVゾーンってかっこいいなぁとか、スーツにスニーカーを合わせるといいなぁとか、日本では見ないヒントを拾って、読者層のファッションと合うコーディネイトを吟味して、企画を提案していくのです。



―忙しい時間の中でどうやって勉強する時間を作っているのですか

―それは体力任せですね。
睡眠を削ってまでもやりたいかやりたくないか、やらなきゃいけないと思えるか思えないか、ということだと思います。思えないとやっぱりやらないと思うし、やらなくても案外生きていくことは出来ます。僕は、この仕事に携わっている間は、知識など貰えるものは全部貰っちゃおうってくらいの気持ちでいます。眠いですけど、日々つらいとは思わないですね。
異常な生活をしているって10人中9人に言われるんですけど、楽しいですよ。



―法政大学在学中の学生生活は社会に出てから役に立ちましたか

―やりたいことがあるならば比較的、時間をくれるので、いい学校だと思うんですよ。僕にとって、好きなだけ旅行や読書、映画を見ることを許された4年間はものすごく貴重でした。
それから、法政は面白い奴や、変な奴がいっぱいいる。それもすごくよかったなぁって思います。



―失敗したことを教えてください




―失敗は、いっぱいあります。でも、一番大きいのは、ソフトバンク時代に某企業から抗議文をもらったことです。僕のサービス内容への理解不足が原因だったのですが、実際にあるサービスとは異なる記事を書いてしまったんです。そしたら抗議文が来た。雑誌で人に迷惑をかけたっていう初めてのケースだったから、僕はものすごくショックを受けた。むこうはものすごく怒っているので、直接行って謝らなければならないような話になったけれど、結局編集長がおさめてくれました。


―そのあと気を付けていることはありますか

―価格やサービス内容や商品情報について、とにかく正確な情報を基に記事を書こうと心に決めました。たとえそれが故意でない誤りだったとしても、事実と異なっていればそれは嘘になってしまいますからね。雑誌はときに華やかな媒体に見られがちですが、内容の正確さこそ雑誌の生命線なんです。
具体的には、毎月の校正で1回読んでおしまいという流れにするとミスが起こりやすいので、違う人に原稿を読んでもらったり、何度もチェックしたりしています。



―中途採用で大手出版社を目指している人にメッセージをお願いします

―出版エリート編集者エリートはもしかしたら激戦を勝ち抜いて、大手の出版社に新卒から入った人かもしれないですけれども、みんながみんなそうできるわけじゃない。それでは一生、2軍か3軍かと言うと、決してそういうわけじゃないです。

僕の場合、最大の武器になっているのはやっぱり、ソフトバンク時代のデジタルの強みなんですよね。特に中途で専門職・総合職というのは、なにか売りがないと目立たないし、必要とされないんですよ。でも自分の売りがあれば、臆することはないです。自分は人に絶対負けないという、売りをぜひ、作ってください。





―未経験で編集をしたいという人にメッセージをお願いします

―始めるっていうことかな。さっそく興味のあることで企画を考えて、それを企画・編集部に送ってみてもいいし、自分でホームページやブログで、コンテンツをアップしてみればいいと思います。本当に好きならすぐになにか始めたらいいと思いますよ。いつかなりたいというのなら、明日からなにかやったほうがいいです。
表現の場に自分の身を置きたいのなら、表現の場に自分の恥部をさらさなきゃいけないと思うんです。そんな日々の行動が5年10年先の商売の場につながっていくんですよ。思うところがあるなら、まずなにかを始めて、形にしていけばと思います。

ただ、例えばどんなに編集学校などで勉強しても、初めて編集者になったらすごく苦労しますよ。全てゼロから勉強することになると思います。でも好きだったら大丈夫です。記事や雑誌や本を作ることは、そんなに難しいことじゃないので。もっと大きい視点で、どういう企画にどういう意図でどういうメッセージを込めるかを学んでいくことが、一番重要だと思いますね。
                                      

《編集後記》

今回のまとめ
1 いい企画とは商品・戦略・記事が三位一体になっていること!自己満足でもカタログでもない、読者とメーカーと編集者が納得できるものを作ることが大切。

2 いい記事を作るにはいいタイトル付けから!いいタイトルが付けば、それにぴったりの内容が付いてくる。

3 洋服に詳しくなりたければ実際に洋服を着倒す!実際に着てみて、気付くことがあり、それが記事になる。実践と知識の両面から勉強することが大切。
  

堀川さんの洒脱なスーツがとても印象に残っています。
それは、堀川さんの「スーツを知らないやつにスーツの記事は書けない」という言葉のとおり、まさしくスーツを「知っている」人の着こなしでした。
こういう方がトレンドを戦略的に仕掛けることが出来るのだと、実感したインタビューでした。
      


                                              聞き手/写真:柴崎
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第7回前篇 「仕込み上手」が基本スタンスです!

主婦と生活社 LEON編集部 堀川 正毅  さん
 









《プロフィール》

1977年生まれ。
2001年法政大学経済学部卒業。
ソフトバンク メディア アンド マーケティング(現 ソフトバンク クリエイティブ)に2001年4月入社。2006年同社を退社し(株)主婦と生活社
に入社、レオン編集部に配属され現在に至る。




―堀川さんの仕事の内容を教えてください

―月刊誌『レオン』の編集をしています。仕事の内容は、まず企画を考えて、スタッフを揃え、次にその企画に一番合う写真をカメラマンに撮影してもらい、それに見合う原稿をライターに書いてもらって、最後に雑誌に仕上げることです。




―「ちょい不良オヤジ」などの流行語を作った岸田一郎氏から西園寺薫氏に編集長が変わって、どんな変化がありましたか


―編集長が変わってマスコミ等で色々騒がれましたが、基本的にはモテるオヤジを作るというコンセプトや方針に変わりはありません。
創刊から7年目になるので、売れ方も安定していて、毎月必ず購入いただく方もたくさんいらっしゃいますので、部数も変わりません。支持してもらっている感じはしますね。


―雑誌に掲載する情報は、どのように収集していますか

―やっぱり個人個人の日々の活動や努力が基本にあります。
私はレオンの中で、特にダイニングバーやレストランを担当しています。
レストランのPR会社などの情報も多いですが、ベースとなるのは日々飲んでいる店の飲み仲間からの情報や、飲み仲間自身がオープンした店だったりします。プライベートでのつながりが、非常に大きいですね。



―どうやったら、そういう人脈を作れるのですか

―運と…それから興味かな…?こちらがあの人変な人だなとか面白い人だなと思うと、向こうも、同じようにこちらを思ってくれて自然に集まるんだと思うんですよね。
自分が楽しんで、仕事をしたり、何かを発信していると、興味を持ってくれる人が現れます。そいつがまた違う面白い奴を紹介してくれる。そうやってつながっていきます。


―レオンのコンセプトを教えてください




―読者にカッコよく、モテるようになるテクニックをご案内しています。
それを我々レオン編集者は「仕込み上手」と言っています。
女性と食事や飲みに行ったとき、オーソドックスなデートのパターンの中に、その人と一緒にいる意味や面白みを、自然でこなれた感じで出せたら、とってもカッコいいと思うんですよ。それが、基本スタンスです。



―レオンは、何名くらいで作られているんですか

―今、アルバイトも入れて18名くらいで作っています。雑誌は普通、7、8名のスタッフって作っているので、多いですね。外部スタッフも入れたら数えきれないですよ。


―朝何時から夜何時くらいまで働いていますか

―まちまちですね。社則ではないですけれども、会社自体は10時くらいにはデスクワークが出来る状態にはしています。洋服などの新作発表会があれば、朝6時でも7時からでも働きます。ロケが入った場合には、地方に行って撮影をしたりしますし。夜はこの一年、その日のうちに帰ったことはないですね。
レオンは、一個の企画を一ヶ月かけてじっくり作るタイプではなくて、3号先の雑誌の企画を常時8個〜11個くらい並行して進めています。なので場合によっては、徹夜明け朝7時、8時くらいの時間に帰って、少し寝て、10時前にまた出社するってことも稀にあります。



―仕事で成功したことはなんですか

―いやぁ、まだ僕春でちょうど2年になるんですけれども、未達成なものばっかりです。


―達成目標はなんですか



―いい企画を作ることです。いい雑誌がしっかり出来て、読者が読まずにはいられなくて、われわれが戦略的に流行やヒットを仕掛けられていて製品が売れる、っていうのが、すごくハッピーな関係だなって思ってます。
でもそのバランスってすごく難しくて、下手をすると自己満足や、かっこいいけどお金にならないとか、あまり物欲をそそらないものになりがちなんですよね。
雑誌の完成度・戦略・商品の質がいつも3つそろっているのが一番いいですね。



―商品のよさを際立たせたりするには、どんな方法や工夫があるのですか

―やっぱりよく知ることですね。
某有名ブランドの定番アイテムだからといって、よく知ろうとしないと、多分、定番アイテムのイメージでページを作らざるを得なくなってしまいますよね。
でも、僕だったら手を変え、品を変え、いろいろな角度で見て、触って、それをどういうふうに紹介したらモテるのか、どう身につけたらカッコよくなるかっていうことをすごく考えるんですね。その縮図がタイトルなんですよ。



―それは、どういうことでしょうか

―レオンのタイトルって「ちょい不良オヤジ」や「ちょいムチバディ」をはじめとする、キャッチーなものが多いじゃないですか。
それはライターに外注せずに、編集者が全部つけているからなんです。
僕らがその商品を一番ズバリと言い当てているタイトルを付けて、ピッタリの写真を選別します。それで、その商品の詳細をライターに渡せば、まず、見当違いの原稿はあがってこない。タイトルが決まっていると言うことは言いたいことが全て入っているということなんですね。あとは、なんでそう言いたいのかっていうストーリーを書けば、もう原稿になっちゃうんですよ。



―タイトル付けるってすごくむずかしいですよね




―そうですね。キャッチコピーっていうのは前編集長の岸田さんが得意としたところですね。「ちょい不良オヤジ」という言葉を作ったのもあの人ですし、「チョイムチバディ」とか否定を肯定にしていくような言葉の作り方を得意としました。今も様々な言葉を生み出しているようですね。要は商品をよく知ることで対応することですかね。

―タイトル付けのテクニックを教えてください

―うーーん。苦しんでますよ、僕らも。一晩かけて何枚も紙に書いて、書いて書いて書いて……。書いたもの同士を組み合わせたり、ゼロに戻したり、、、とにかく大変な作業です。
好みによりますけど、パソコンでの作業はしないですね。
でも、出ないときは出ない。何日も出ないですよ。そういう時は仮のものを使用したりしますが、そうするといい原稿が上がらないんですよ。なんとなく伝えると、なんとなくの原稿になってしまうので、タイトルはしっかり作りたいです。
だから逆に、商品を見た瞬間にポーンと出たタイトルは、ものすごく強いですね。

                                      

《編集後記》

前編では、堀川さんの編集者としての仕事内容、タイトルの付け方、情報の収集方法など役に立つ方法をお伝えしました。
後編では、現役編集者が教える秘密のコーディネイトの勉強方法をお教えします。
どうぞご期待下さい。
   


聞き手\写真:柴崎

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第6回後編 歌舞伎町を大衆文化の発信拠点に!
新宿区役所特命プロジェクト推進課長(歌舞伎町担当副参事兼務)

平井光雄  さん
 

平井さんお写真



《プロフィール》


1963年生まれ。
1987年経済学部経済学科卒業後、同年新宿区役所に就職。
国民健康課に配属され、都市計画課、防災課を経て、98年から2年間特別区協議会制度改革室(東京区政会館、現飯田橋)へ出向。
2000年には区に戻り職員課に配属、係長となり02年企画政策課、03年障害者福祉課へ。04年から2年間特別区人事委員会へ出向、06年課長となって新宿区企画政策部歌舞伎町担当副参事(歌舞伎町ルネッサンス事務局次長)、08年4月から区長室特命プロジェクト推進課長。





―仕事をしていて、失敗したことはありますか


―毎日失敗の連続です。失敗を繰り返して、這いずり回ってやっています。

期限もあるし、区長からも早くやらなくちゃいかんといわれるし、本当にもう、なりふりかまわずやっていることが多いです。
仕事というのは、かっこよくすらすらすらといくようなものじゃないと思いますね。



―1番苦労したことは何ですか



―私は歌舞伎町ルネッサンスの中のひとつの計画である喜兵衛プロジェクトも担当していました。

喜兵衛プロジェクトとは、まちづくりデザインに合う事業者を、違法風俗店排除によって生じた新宿区歌舞伎町内の空きビルや空き室などへ誘致するプロジェクトです。
歌舞伎町は業者が短期間でぱっと稼いで、ぱっと去ってしまう街なので家賃も高く、雰囲気の点で問題もあり、なかなか入る人がいないんです。
そこで、ちょうどこの喜兵衛プロジェクトを立ち上げたら、地元の人たちから、空き室が埋まると期待されました。

でも結果的には、なかなか空き室が埋まらず、どうしてくれるんだと責められて大変なことがありました。





                         ▲ にぎわう歌舞伎町一番通り

―その後どのような展開を遂げましたか


―喜兵衛プロジェクトを、歌舞伎町を部分的ではなく全体を見て事業者を誘致しようという方向に転換しました。

例えば、喜兵衛プロジェクトの一環として、閉鎖している小学校跡に吉本興業(株)東京本部の誘致をしたり、地元のインターネット放送局に呼びかけてサテライトスタジオを作ってもらったり、知的障害者の就業支援施設(コミュニティショップ)を作ったりしました。

歌舞伎町の目標としては、大衆文化や娯楽の発信拠点というビジョンがあり、現時点では全体的にうまくいっているといえるのではないでしょうか。
 
  


 
              ▲ 鈴木喜兵衛が建設計画等で大いに貢献したコマ劇場付近


―平井さんの就職後3年目から5年目くらいの頃のお話を聞かせてください


―なんとなくやっていて、このまま年を重ねていくのかな、このまま仕事を続けていていいのかな、転職でもしようかなというような時期でした。

そこで奮起して勉強をしました。当時は窓口対応をしていて、必要もあったので、英会話や中国語などの勉強をしました。
色々な研修や講演会に参加したりして、新しいことに挑戦しましたね。
そうしている内に、色々な人との輪や人脈ができてきました。
そういう人たちと話し合っていると、仕事の上で新しい世界が開けてきました。
感化され、磨かれていき、仕事の面白さを再認識できるようになりました。



―キャリアアップに役立ったことは何ですか


―都市計画課に配属されたとき、趣味と実益を兼ねて、日本中旅行をしていろいろな町や建築を観て回ったり、宅建の資格をとったり、都市計画の本を読んだりしました。それらのことがあって建築や土木、コンサルタントなどの専門家とも多少渡り合えるようになりました。 

 障害者福祉に関わる仕事をしたときは、いろいろな方がいてその実情などを知るにつれて行政と現場が必ずしもあっていないことを知り、弾力的な対処を痛感したことがあります。それによって人生の幅も広がったような気がしました。
 それから常にアンテナを張り、いろいろな人の話を聞くことも役に立ちました。



―職場での人間関係を円滑にするために今までどのような事をされましたか


―相手の話をよく聞くこと、相手の立場になって物事を考えることだと思います。
自分の意見ばかりを通す姿勢だと当然うまくいかないですね。
職場で相手の立場にたつことも大変なので、これは、なかなかできませんでした。
最近、管理職になってやっと少しはできるようになった感じもします。

でも、公務員って意外と人間関係が難しいんですよ。
それに対して、うまく対処していくには風通しをよくしたり、コミュニケーションをとったりしますが、まずは挨拶からはじめることだと思いますね。
それで大分違ってくると思います。



― 人脈を得るためにどのような努力をされましたか


―職務上、他区や省庁・民間会社・町の方々と知り合うことが多いです。会合などでは積極的に多くの人と話すようにしています。
多くの人と接し、話をすることによって、時にはいいアイデアが生まれてきます。
役所の場合、人が資本(まさに労働集約型の仕事)なので人とのつながりが重要になってきます。
このためなるべく出会った人たちと連絡を取り続け関係を保つようにしています。



―できた人脈を継続していくのは大変ですが、どうしていますか


―メールを送ったり、イベントに呼んだり、ちょくちょく声をかけたりなどしてつなげています。




                         ▲ 新宿区役所にて

―今はどのような目標をお持ちですか


―再度、大学院等で勉強したいです。
公共政策の理論などを現在の職務にどう生かせるか、現実の場にどう適用できるかを研究していきたいです。2008年4月から管理職研修の一環として、他大学院で公民連携の勉強をしています。



―法政大学経済学部在学中に学んだことで、社会に出てから活きたことは何ですか


―わりとまじめに勉強していたおかげで経済関連のニュースなどもよくわかります。

公共分野でも経営や経済学的考え方が導入されてきており、今更ながら学生時代に学んだことが役立っていることに気づいて驚いています。



―今までに訪れた一番大きな転機はなんですか


―やはり結婚です。

独身のころはある程度奔放な生き方をしていたと思いますが、結婚してからは家族に対する責任感を持ち、これが仕事をがんばる上での原動力ともなっています。
どうしようもない時でも家族のことを思い出し、踏ん張ってきたこともあります。



―就職後3年目〜5年目の人に向けてこれだけはしておいた方がいいということはありますか



―3年目〜5年目というのは節目の時期だと思います。自分の数年間の過去を振り返ってもう一度考えてみるのもよいと思います。
ただ、就職して3年目くらいだと、転職される方も多いですが、それでは短いと思うんですよ。
もう少しいないと、会社で発揮できる自分の能力が分からないと思うんですよね。

本当にその会社がいやなのか、どこに自分がやりたいことがあるのか、自分の働いている場所でやりたいことが本当にできないのかということをよく考えて、自分の進むべき方向を見極めたらいいと思います。

なんとなくこの会社はいやだとか自分にはほかの能力があるとかで転職するのではなく、きちっと整理してからにした方がいいと思います。自分の働いている場所に意外にいいところがたくさんある場合も多いからです。



―若い人にこれだけは言いたいということはありますか




                          ▲ 新宿区役所


―ちょっと宣伝みたいになってしまいますが、どんな職業がいいか迷っている方は、ぜひ公務員になってほしいと思います。

採用試験があるので敬遠される方もいますが、事務的な仕事からプロジェクト的な大きな仕事があり、また分野も地域コミュニティ、福祉や健康、土木、都市計画など幅広く体験できて面白い仕事だと思います。





《編集後記》

今回のまとめ
1 口で言っても納得しない時は、成功している事例を実際に見せる。現物を見せると説得力が増す。

2 仕事は段取りが大切。優先順位や手順をあらかじめ考えて、小さなことでもひとつひとつキチンと片付けていくと、一度にたくさんのことが出来る。

3 仕事はかっこよくすらすらいくものではない。
かっこよくすらすらいく仕事でなくとも、這いつくばって、同じところをグルグル回ってているようでも、頑張っていると結果が出ることもある。 

平井さんのような方でも、仕事はかっこよくすらすらいくものでないということをお聞きし、すこしびっくりしました。
順調に見える人でも、実は必死に努力し、勉強を重ねているのだということを実感し、私も新たに頑張ろうと思いました。

聞き手/写真:柴崎

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第6回前編 仕事は料理の要領で!
新宿区役所特命プロジェクト推進課長(歌舞伎町担当副参事兼務)

平井光雄  さん
 

平井さんお写真



《プロフィール》


1963年生まれ。
1987年経済学部経済学科卒業後、同年新宿区役所に就職。
国民健康課に配属され、都市計画課、防災課を経て、98年から2年間特別区協議会制度改革室(東京区政会館、現飯田橋)へ出向。
2000年には区に戻り職員課に配属、係長となり02年企画政策課、03年障害者福祉課へ。04年から2年間特別区人事委員会へ出向、06年課長となって新宿区企画政策部歌舞伎町担当副参事(歌舞伎町ルネッサンス事務局次長)、08年4月から区長室特命プロジェクト推進課長。




―平井さんが事務局次長をされている歌舞伎町ルネッサンスとはどのようなものですか 

―歌舞伎町というと風俗の町・怖い町というマイナスイメージが強いのです。

そこで文化的で、だれもが安心して楽しめる町として持続的に発展していくことを願い、町の再生を図ろうとする官民協働の取り組みが歌舞伎町ルネッサンスです。

歌舞伎町ルネッサンスの推進母体は、地元の商店会、町会、事業主、有識者、関係機関からなる歌舞伎町ルネッサンス推進協議会というもので、佐々淳行さん、安藤忠雄さん、堺屋太一さん、伊藤滋さんなど各分野の第一人者が参加しています。

この協議会からは、区長の方針に基づいて各分野のプロジェクトに対して種々の提言をいただいております。




            
                  ▲ 新宿区役所通り



 ―平井さんはその中でどのような仕事をされているのですか

―企画や総合調整、その他実務的な仕事をやりながら、プロジェクトの事務局長もやっています。いわば、まちづくりのプロデューサーというところでしょうか。区の組織の中でも例えば、安全・安心やイベント、まちづくりの所管課との横断的な調整も行っています。


―ご自分が現職に選ばれた理由はなんだと思いますか


―今までの職務で何もないところから何かを創り上げたという実績があったからではないでしょうか。


―例えばどんなことですか


―防災課に所属していた時、阪神大震災があり、何かあった時に地域の力が大切になることが分かりました。そこで、小学校ごとに自治組織である避難所協議会を設立したり、町の人達の防災意識を啓発する講座を企画したり、防災のボランティアや防災アドバイザー制度を作りました。

また、都から区に移管された清掃事業の制度改革の際、清掃工場がある区とない区がありましたが、清掃工場を一緒に使っていこうという全く新しい共同機関(一部事務組合)を設置する業務にも携わりました。いずれも何もないところから創りあげるので、結構大変でした。



―新しいことをすると反発が多いと思いますが、管理職として、どのようにうまくまとめていかれましたか


―プロジェクトを達成するには、担当内で自分達がしようとしていることは何かということをまず認識し、共有します。そしてお互いのコミュニケーションをとりながら、進捗状況を確認し合って仕事をすすめていきます。もし相手が大変な状況であればお互いに補完し合っていきます。

管理職の立場では、目標をクリアにすることが大事です。コミュニケーションや目的意識の共有を図るには、e−メールよりはむしろ、その度ごとに会合を開いたほうがよいようです。Face to faceは大切です。



―歌舞伎町ルネッサンスで一番成功したこと何ですか





                  ▲ 新宿区役所にて 


―違法風俗店、放置自転車、違法駐車、違法な立て看板などは、警察・区でともに排除に力を入れたので、何年か前に比べると歌舞伎町界隈はすっきりしてきたと思います。


―歌舞伎町ルネッサンスで今後取り組みたいことは何ですか


―客引きやスカウトが増えたなどという新たな問題も発生しているように、昔から歌舞伎町では、ひとつ問題を解決すると次の問題が出てくるという繰り返しが続いています。これらへの総合的な対策として、違法なものの排除と同時に、文化的な事業・イベントの誘致・実施をはじめ、斬新的なまちづくりに取り組んでいこうと思っています。



                   ▲ しばしばイベントを開催している大久保公園


―成功するためにどんな工夫や努力をされましたか



―小さなことでも一つ一つキチンと片付けていくことが重要だと思います。
私は昔から料理が好きですが、料理がすばやくできる人は仕事もよくできると誰かから聞きました。料理は時間が勝負なので、次の段取りや手順を考えながら、手早くやらなければならないのです。これは、仕事をこなす上でも役立ち、一度にいくつかの仕事をこなさなければならない時などは、優先順位や手順をさっと考えて片付けていくことができます。これも日ごろから料理をやっているお陰だと思っています。



―ルネッサンスのプロジェクトなど色々なアイデアを生み出しましたが、この秘訣のようなものはあるのですか


―私一人だけで生み出したものではありません。アイデアを出すためには、みんなで話し合う場創りが必要なのです。色々な専門家や町の方々と沢山議論することによって新しいことが生まれてきます。私は、そのために場を創ったり、専門家を呼んだり、意見を取りまとめたりして「創造の場創り」をやっているわけです。


―創造の場には異業種の人が集まるので収拾がつかなくなる場面も多いと思いますが、そのような時はどうするのですか


―そういう時は、町の人たちを色々な現場に連れて行って、色々な先進事例や成功事例を見せて説得するのです。
例えば、すでに成功している地区に行って話しを聞かせてもらったりすると、みなさん納得されますね。一緒にただ話し合うよりも行ってみるほうがいい場合が多いです。



―その他創造の場での苦労話をお聞かせください


―地元の方々、専門家の方々、行政側の立場はお互いに意見も違いますし、今まで風俗の町として繁栄してきただけに、それを方向転換するということになるとかなりの圧力もあり、ひとつひとつを調整するだけでもすごいパワーが必要になることがあります。

そして、なかなか物事が進まなくて、地を這うような毎日を送ることもしばしばです。根回しの段階からつまづく時もたくさんありますし、同じところをグルグル回りながら、少しずつ進んでいくような時もあります。

 民間のプロジェクトと違って、使っているお金は税金なので、何でもぽんぽんと進めていくことはできないわけです。イベント一つやるにしても、公共の場を使ってやるものが多く、何でこんなイベントに金かけてやっているのかといわれないように、歌舞伎町ルネッサンス計画の一環として行っていることが理解できるように色々な方向から慎重に検討して進めていくことが大切になってきます。


                                      

《編集後記》

前編では、歌舞伎町ルネッサンスの中身や、平井さんが歌舞伎町ルネッサンスにどのように貢献されているか、その成功したことは何かなどについて紹介しました。
後編では、平井さんが失敗したこと、そこから学んだこと、管理職としての人をまとめる方法、そして平井さんご自身の就職後3年〜5年目のお話などをお届けします。
どうぞご期待下さい!


      


聞き手/写真:柴崎




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第5回後編 前向きに動き出しながら考えよう!
双葉社 パチンコ・パチスロ編集部 瓶子 大介 さん
 





《プロフィール》

双葉社 パチンコ・パチスロ編集部 瓶子 大介 さん
 
《プロフィール》
1979年生まれ。2002年経済学部経済学科卒業。
同年に双葉社入社。Weekly漫画アクション編集部に配属。
2003年に休刊した「Weekly漫画アクション」を、2004年、月2回刊誌「漫画アクション」として復刊させるのに貢献。
2005年にパチンコ・パチスロ編集部へ異動。現在はパチンコ漫画誌「パチンコ10番勝負」の編集者として活躍中。
 



―職場での人間関係を円滑にするために今までどのような事をされましたか


―お酒を一緒に飲むことでしょうか。同じ編集部の人とはもちろん、他の編集部の人たちと飲むことも多いです。そういう席の方が本音で語り合えますし、またちょっとした雑談から企画が生まれることもありますので。だから結構頻繁に飲みには行っています。
ただ単純に、僕も周りも酒好きが多いということもありますが (笑) 。



―自分の望みの職を得るためにどのような努力をされましたか



―法政大学「自主マスコミ講座」の出版コースに参加し、面接、作文、エントリーシートなどの対策をしました。同じ目標を持つ仲間たちと切磋琢磨できたことが、モチベーションを保つという意味でも大きかったと思います。


―仕事で一番成功したことはなんですか


 


  
 「漫画アクション」を持つ瓶子さん
 



―正直まだ成功と呼べるような仕事はしていませんが、担当している作家さんに「瓶子さんが今までの担当者の中で、一番良かった」と言われたことが、編集者として一番嬉しく思っています。


―成功するためにどんな工夫や努力をされましたか


―とにかく作家さんと真剣に向き合うこと。打ち合わせでは自分をさらけ出し、お互いに納得のいくまで5時間でも6時間でも話し合う。信頼関係が何よりも大切だと思っています。


―今はどのような目標をお持ちですか



―「〜という漫画、雑誌を担当している」の「〜という」を取ることです。
例えば弊社は「クレヨンしんちゃん」を発行していますが、「“クレヨンしんちゃん”という漫画を担当してるんだけど…」なんて言わなくても「“クレヨンしんちゃん”を担当してる」でほとんどの方に通じると思うんです。
誰もが知っているくらいメジャーな漫画や雑誌を作り上げることが、最大の目標です。



―今までに訪れた一番大きな転機はなんですか


―大学時代、写真週刊誌「FLASH」に自分の企画が採用されたことです。
自主マスコミ講座・出版コースの講師をされている先生の課題で企画を出させて頂いたのですが、「自分のアイデアが形になり、人の目に触れる」という喜びと感動を味わえたからこそ、本気で出版業界を目指そうという思いが強くなり、その結果、今日の自分に繋がっているのだと思います。






   
   
   
   瓶子さんの担当される
   「パチンコ10番勝負」(3月号)は
   2月9日(土)発売!
 
 



―漫画編集者として有能な人はどういう人でしょうか


―面白い企画を立て、人気のある作家さんを引っ張ってき、面白い漫画を作る、そして売る人。単純ですが、これが僕の理想とする漫画編集者の姿です。
漫画編集者ってエンジニアでもあり、セールスマンでもあると思うんです。企画を考えたり、作家さんとストーリーを練ったりするエンジニア的能力と、企画を作家さんに売り込んだり、出来た本を営業や広告の人間と協力しながら売っていくセールスマン的な能力。その2つが備わっている人は、漫画編集者として有能な人物であると言えると思います。



―大事なことを決めるのに編集長と意見が合わないときはどうするのですか


―それはもう、全力で闘います(笑)。

例えば、作家さんと打ち合わせて出来たネーム(下書きの前段階のラフ)で、僕はOKだと思っても、編集長から「こうしたほうがいいんじゃないか」と言われることがあります。変えたほうがより良くなると自分も納得できた時はいいのですが、どうしても納得できない時は徹底的に話し合います。
もちろんお互い「より面白い漫画にしよう!」という建設的な姿勢での話し合いなのですが、熱を帯びてくると、完全な口論になりますね。多分、見慣れない人から見ると、ただの喧嘩にしか見えないんじゃないでしょうか(笑)。



―編集長を納得させるのって大変なんですね(笑)


そうですね(笑)。雑誌にとって編集長というのはひとつの会社の社長と一緒ですから。
でもだからこそ、編集長さえ納得させられれば好きなことができるんです。そういう意味での自由度というのは、普通の会社よりも高いのかもしれません。



―仕事で一番失敗したことはなんですか


―実務的な失敗は数限りなくありますが、一番大きな失敗と言えば、一時期、新しい作家さんや原作者さんと会う機会を自分から逃してしまったことです。 
「これだけ担当してるし、もういいか」と現状の仕事に甘えてしまい、自ら進んで新しい人に会いに行こう、新しいことに挑戦しよう、という前向きな姿勢を欠いてしまっていたんです。



―そのことをどのように克服されましたか


新しい作家さんに会うためには企画を考えたり、著作を読んだりと、いろいろ準備が大変なんですが、それでもまず動き出すことが大切だと思うようにしました。
「動く前に考える」ということは重要かもしれませんが、考えすぎると動けなくなる。だったらとりあえず動き出し、あとは動きながら考え、準備しようという考え方をするようにしました。







―女性の編集者はいらっしゃいますか 



―女性ファッション誌「JILLE」や女性漫画誌「Jour」などはもちろん、「漫画アクション」や「小説推理」、「週刊大衆」などほとんどの編集部で女性の編集者が活躍しています。


―仕事をやめたいと思ったことはありますか


ないですね。
日曜日の夕方、「サザエさん」を観ながら「明日は会社か〜、イヤだな〜」なんて思ったことも今まで一度もないです(笑)。
仕事なので、忙しいことも、面倒なことも、ツライこともたくさんありますが、それでも、「本を作る」という仕事は、一度経験してしまうとなかなかヤメられない、中毒的な魅力があります。



―ずっと続けていきたいですか


―そうですね。やるからには「まんが道」を究め、「編集王」を目指したいと思います。

―最後に、出版社を目指す方にメッセージをお願いします


―弊社のスローガンというか、コンセプトとして、
「出版は企画なり、企画は人なり、出版は人なり」
という言葉があります。

編集者には特別な資格は必要ありません。英語ができなくても問題ないし、プログラミング能力なんかなくても大丈夫です。必要なのは企画を生み出す発想力と、その企画を実現させる情熱だと思います。

「どうして出版社に入りたいのか?」
「出版社に入ったら何をしたいのか?」
「それを実現させるにはどうしたらいいのか?」
これらを真剣に考え、自分の言葉で人に伝えることのできる人ならば、新卒でも中途でも、出版社に入るチャンスはあると思います。

出版不況と呼ばれて久しいですが、そんな状況に臆することなく、
「こんな本を作りたいんだ!」
という熱意を持っている方は是非、挑戦してみてください。
そんな人と一緒に仕事ができる日が来るのを、僕自身、楽しみにしています。



《編集後記》

今回のまとめ
1 漫画の編集者は営業力+企画力が大切。新しい作家を自分の雑誌に引っ張ってきて、面白い企画をたてて、面白い漫画を作ってそれをたくさん売る人が有能。

2 漫画の編集者は作家さんと真摯に向き合うことが大切。「真摯な姿勢」とは自分をさらけだし、徹底的に話し合うこと。それが信頼関係につながる。

3 動きながら考えること。考えすぎると動けなくなることがある。時には動きながら考えると、新しいことに挑戦できる!       

インタビュー当日、瓶子さんは風邪を引いているにも関わらず、こちらの初歩的な質問にも丁寧に、分かりやすく、言葉を尽くして、分かるまで何度もご説明下さいました。
「真摯に人と向き合う」ということを、瓶子さんを通じて身をもって実感しました。
このような姿勢は、作家さんが瓶子さんを信頼し、仕事で返そうというモチベーションが高まり、インタビューの中にもあったような「今までの担当者の中で瓶子さんが一番よかった」と言わしめるゆえんだと思います。
これからも瓶子さんの担当する雑誌や漫画を、一読者として楽しみにしています。




聞き手/写真:柴崎


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第5回前編 作家と真剣に向き合う編集者でありたい!
双葉社 パチンコ・パチスロ編集部 瓶子 大介 さん
 





《プロフィール》

1979年生まれ。
2002年経済学部経済学科卒業。
同年に双葉社入社、Weekly漫画アクション編集部に配属。
2003年に休刊した「Weekly漫画アクション」を翌年、月2回刊誌「漫画アクション」として復刊させることに貢献。
2005年にパチンコ・パチスロ編集部へ異動。現在はパチンコ漫画誌「パチンコ10番勝負」の編集者として活躍中。



―今までどんな方を担当されましたか


―漫画アクション時代には現在「新・幸せの時間」を連載している国友やすゆきさんや「THE3名様」で有名な石原まこちんさんなどを担当したことがあります。


―漫画家さんというのはどんな方たちですか


―基本的には皆さん気さくないい方ばかりですよ。ハードボイルドな漫画を描かれている作家さんも、素顔は真面目でお茶目な方という場合も多いですし。まあ、中には漫画のキャラクター通りのような方もいらっしゃいますが…(笑)


―出版社に入る前と入った後のギャップはありましたか。


―特にはないです。誇張はされていますが、漫画やドラマで見ているようないわゆる“漫画編集者”の仕事です。


―漫画の編集者をされていて面白いエピソードはありますか





―作家さんに逃げられかけたことでしょうか。締め切りが迫ってきてるのに、電話には出ないし、家に行っても反応なし。でも作家さんは家に絶対いるんですよ。だってメーターの回りは早いし、微妙に物音もするんですから!


それで、30分くらい、ピンポンピンポンとチャイムを押して、ドアを何度もノックしましたが、作家さんはドアを開けてくれません。仕方がないので、置手紙をドアの隙間に残して物陰からずっと見ていたら、家の中から置手紙がスッと抜かれたんですよ。やっぱりいた!と思ってチャイムを押したら、やっとドアを開けてくれました。なんとか締め切りギリギリで原稿があがって事なきを得ましたが、あの時は本当に肝を冷やしましたね。今だから笑えるエピソードです。



―どのような勤務形態ですか


―今の編集部は、出社が14時くらいで、普通の時は終電までには仕事が終わります。ただ不規則な仕事なので、朝早くから取材に出るときもあれば、徹夜で入稿作業をするときもあります。打ち合わせと称して朝までお酒を飲むこともありますね。(笑)


また、ネーム(下書きの前段階のラフ)があがれば1分でもはやくネームの返事をしなければならないし、原稿は休日にもあがるので、結局、土曜も日曜も仕事ということも日常茶飯事です。



―そうなるとあまり休みはとれなそうですね


―確かに予定は組みにくいですが、週刊誌には週刊誌の、月刊誌には月刊誌のサイクルがあるので、慣れてくれば、「この作家さんは打ち合わせのあと、大体3日でネームが出来て、ネームが出来れば4日あれば原稿が上がるだろうから、今度の日曜は休めそうだ」というような逆算が大まかには立てられるようになります。まあ、裏切られることも多々ありますが。


―漫画を作るときの流れを教えて下さい


 まずは企画です。企画が先にあって、この企画をどの作家さんにお願いしようか、というケースもありますし、作家さんが先にあって、この作家さんにどんな企画をやってもらおうかというケースもあります。場合によっては原作者や原案協力者を立てることもあります。


 企画が決定したら、打ち合わせや取材を重ね、ネームをあげてもらいます。ただ新連載の場合、一発でネームが通るということは稀なことで、セリフや芝居の仕方を変えてキャラクターをたたせようとしたり、余分なコマをカットして、見せゴマを作ったりと、いかに印象に残り、ページをめくりたくなるような構成にするかを作家さんと一緒に考えます。その際、作画に必要な資料を集めたりもします。


 ネームが決定したら、作家さんは作画作業に入ります。
ひとりですべて書き上げる作家さんもいますが、大概はアシスタントさんを使います。
原稿があがったら、編集者は原稿を取りに行き、入稿と呼ばれる作業に入ります。
漫画の場合はフキダシに入るセリフ(これもネームと呼びます)の大きさやフォントを指定したり、扉ページのレイアウト(タイトルや作者名、煽りと呼ばれるキャッチコピー)を指定します。







 

    △瓶子さんが担当されている雑誌
 
 



 入稿後、印刷所から出てきたゲラをチェックし、編集部員全員で校正します。この作業を校了といい、ここで誤植がないかなどの最終チェックをします。


その他にも雑誌の表紙を作ったり、コラムや次号予告、読者ページやプレゼントページなどの記事ページの作成も行います。また現在、僕が携わっているパチンコ漫画などの特殊な漫画の場合は、作家さんと一緒に取材に行ったり、簡単なプロット(漫画の簡単な大筋や骨組み)を編集者が書いたりすることもあります。


でも漫画編集者という仕事は、自分一人では何も出来ない仕事なんです。


絵を描くこともできないし、難しいデザインをすることもできません。漫画家さんや原作者さん、ライターさんやデザイナーさんがいて初めて仕事ができるんです。それらの人たちを繋ぎ、雑誌を作る、編集者という言葉の通り“集めて編む”のが仕事なんです。だからこそ個性的な人たちを繋ぐ、コミュニケーション能力が、編集者に一番必要な資質だと思います。




―編集者として尊敬する人はどんな方ですか



―作家さんと真摯に向き合う人です。

漫画アクションに配属されて、最初に仕事を教えてもらった先輩が本当に作家さんと真摯に向き合う人だったんです。正直に言えば、打ち合わせの時も、ネームを見る時も、手を抜いて、「こんな感じであとはよろしく」って作家さんに丸投げすることも出来るんです。


でも、その先輩は打ち合わせもがっちりやるし、ネームの返事をするときも納得するまで5時間でも6時間でも話し込んで、漫画を作り上げるタイプの人だったんですね。ここまで真摯に作家さんと向き合うのか、と本当に驚きました。だから、僕も自分の担当する作家さんには真摯に向き合うことを心がけています


それからその先輩は、本当にいろんな作家さんに会いに行くし、「これから飲みに来ない?」と作家さんに誘われたら、例えそれが夜中の2時だろうが、次の日朝早かろうが行くんですよ。そうしたフットワークの軽さが仕事に繋がったりするんですが、そのガッツには頭が下がりますね。そんな先輩を支えている奥さんにはもっと頭が下がりますが…(笑)




《編集後記》

前編では、イメージしにくい「漫画編集者」としてのお仕事の内容や具体的なエピソードなどをご紹介しました。
後編では、さらに踏み込んで、「漫画編集者」さんとしてご活躍されている瓶子さんの失敗談や成功談、「漫画編集者」としてステップアップする方法、勉強方法や、有能な編集者とはなにかについてのお話、出版社に転職希望の方に向けたメッセージなどをお届けします。
特に企画職の方には、役立つお話が満載です。どうぞご期待下さい。
      

聞き手/写真:柴崎


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※今回は都合により、掲載の順序を変更させていただきました。


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第4回 先輩の体験談を聞いてみよう!
札幌テレビ放送アナウンサー 岡崎 和久 さん

 
 



 


《プロフィール》
1972年生まれ。
2002年経済学部経済学科卒業。
同年に札幌テレビ放送(STV)入社。
テレビでは「どさんこワイド180」「ぞっこん!スポーツ」「スポーツ中継」 でのキャスター、ラジオでは「STVラジオファイターズスタジアム」を担当、その他様々な番組で活躍している。
ダルビッシュ選手がサエコさんとの結婚&妊娠報告をした時のヒーローインタビューを担当。

 

 

 


―仕事で一番成功したことはなんですか

―成功というわけではありませんが、一番放送の影響力を実感したのは、ダルビッシュ選手とのヒーローインタビュー(サエコさんとの結婚、妊娠宣言)を自分が、担当した時です。
経済効果が26億円という記事を見たときに、放送のすごさ、恐ろしさを感じました。



―岡崎アナウンサーはこのインタビューで、ダルビッシュ選手の結婚について質問する予定でしたか

―はい。あの時は、それこそ普通のスポーツ中継のヒーローインタビューとちょっと形が違っていました。ダルビッシュ選手とサエコが付き合っているという話があって、真相が分からないままマスコミが煽っていた状態でした。当然いつもとはまったく違うプレッシャーがあって、実際にマウンドに上がったときはどうしようかなという迷いがありました。

ただ、球団の方と事前に質問の内容については、OKをいただいていました。
聞き方はどういうのが一番いいのかを、自分でヒーローインタビューの前に考えたのですけれども、本来スポーツ中継の中でマスコミのワイドショー的なことを聞くというのは、やっぱり僕はあんまりしたくなかったのです。
それと、僕は一問一答で聞くよりは本人にしゃべらせたほうがいいと思ったので、マイクをダルビッシュ選手にゆだねたら、話して下さいました。


 


△ガラスドームでの岡崎アナウンサー



―学生時代に自分のキャリアアップのために役立ったと思うことはなんですか

―短期海外留学(アメリカサンディエゴ2ヶ月、カナダバンクーバー2ヶ月)と一人旅(バスでアメリカ横断1ヶ月)です。

海外に行ってただ遊ぶのではなく、自分の置かれている立場、自分がいかにちっぽけな存在かを大学時代に思い知ることができたのは非常に良かったです。
それからアルバイトを多くやった経験が活きています。(家庭教師、吉野家、ロイヤルホスト、警備員、建設業、引越し業など)。



―社会人になってから、ご自分の役にたったことはなんですか

―先輩や人の話をいっぱい聞くということに尽きると思います。
その中にいろんな考えだとか、手本が周りにいっぱいあって、その先輩方や制作の人の話を聞けば、その経験から何か擬似体験ができて、次の仕事に活かすことができます。

あとは読書なども大事です。好きな本は例えば、人が成功していくまでの過程を綴った体験談やビジネス書が好きです。
でも、アナウンサーとしては表現力が大事ですから、そこを鍛えるために小説などを読まなければと、今思っています。



―職場での人間関係を円滑にするために今までどのようなことをされましたか

―アドバイスをもらいにいくことです。先輩に絶対に叶わないことは“経験”の話、体験談です。失敗をどう乗り越えたかを聞くことは 絶対に必要。

それから、親しき仲にも礼儀ありっていうところを絶対に大事にすることです。同時に、ゴマをするとかお世辞を言うということではなくて、相手のいいところを見つけてあげる。それを褒められていやな気持ちをする人はいないと思います。



―自分の望みの職を得るためにどのような努力をされましたか

―大学の先輩アナウンサーに相談したが、それより自分の尊敬できる先輩にアドバイスを聞きにいきました(ソニーに就職した先輩)。彼のお陰で書類審査はほとんど落ちることはありませんでした。

―人脈を得るためにどのような努力をされましたか

―怖がらずに人間関係に飛び込むしかないのでは?僕は、飲み会にも顔を出すようにしています。


―昨今若い人の飲み会離れがよく言われています(飲み会は、人の噂話が多いし、人間関係も煩わしい)、岡崎さまはどうお考えですか。

―やっぱり、怒られるのが怖いか自分を否定されるのが怖い人が飲み会離れをするのかなと僕は思っています。でも、否定されることによってプラスになることはいっぱいあるし、逆に自分のダメなことを指摘してもらうことによって次に自分がステップアップすると思います。
指摘されるのを怖れていると、チャンスを自分でつぶしてしまい、もったいないと僕は思う。そういう人はいっぱいいますからね、今まわりにも。

でも僕は積極的に飲み会などにも行って、仲良くなっていきたいと思います。そうやって良い人間関係を築けば仕事をする上で役立つと思います。



―仕事で一番失敗したことはなんですか

―放送禁止用語をいってしまったことです。ニュースの誤読もありました。
一番は視聴者、聴取者のことを第一に考えなければいけないのに自分本位にやってしまったことです。



―そのことをどのように克服されましたか

―考え続けることです。しかし、まだ克服できていません。

 


△ロケ現場にて



―今後はどのような目標をお持ちですか

―将来的には、情報番組とスポーツ中継で メインを安心してまかせてもらえるようになりたい。
その次は、北海道ナンバー1のメインになって、全国で名前が売れるくらいメインになりたいです。
完全に成功して、もうなにもやることがない状態になったら、逆につまらないと思います。



―法政大学経済学部在学中に学んだことで、社会に出て活きたことはなんですか

―田村ゼミに自分は所属していたが、ゼミの仲間との勉強、ディスカッション、飲み会は社会で役に立っています。


―今までされた一番大きな決断はなんですか

―自主マスコミ講座(アナウンサーコース)と交換留学(試験を受ける前ですが)のどちらを志そうかを決断するときに法政自主マスコミ講座を選んだことです。一番大きな転機もそれでしたね。


―インタビューする際に一番苦労することはなんですか

―思いどおりに返ってこないことの方が圧倒的に多いので、要はどういう質問をしたらその人が答えてくれるかということです。でもなかなかうまくいかないところです。


―思い通りの返事が返ってこないときはどうするのですか

―同じことを違う聞き方で何度も聞くこともありますし、やっぱり答えが返ってこない時は、もしかしたらその人がしゃべりたくない可能性もある。インタビューにとって、人に対しての優しさが大事だと思います。

その人が話したくないのにどんどん聞くというのは、例えば容疑者を追及するようなもので、よくないことだと思います。本当に相手がいやだなぁと思っている空気が伝わってくれば、それは判断してやめます。



―アナウンサーになる前とアナウンサーになってからのギャップを感じることはありますか

―想像以上に厳しい世界だなぁというのがまずあります。それから言葉について自分はあまり考えてこなかったので、自分が傷つけようと思った言葉でなくても相手は傷ついてしまうこともあります。

それから、他の仕事にも共通しているかもしれないけれども、これをやったらもう満足ということがないのだなということが仕事をやってみた僕の感想です。
いつも、ここまでやったらもう大丈夫だと思いたいじゃないですか。例えば、いい大学に入ったらもう大丈夫、いい会社に入ったらもう大丈夫。
でも、そんなものはなくて、その場でなにが出来るかということをいつも考えていかないとすぐ落ちてしまうというのは実感としてあります。積み上げて伸びるのは本当に時間がかかって難しいけど、落ちるのは簡単なので頑張り続けるしかないのかなと思います。



―最後に社会人3年目〜5年目の方にメッセージをいただけますか

―要領よくやるということは非常に大事ですが、それによって、つらいことや無駄なことなどから逃げてしまう傾向が自分自身も含めてあるのかなと思っています。
やっぱりその無駄なことから何かが生まれることもあると思います。

それから、さぼったり、要領よくやってうまい具合に逃げたりしていれば、見ていないようで絶対に周りの人は見てますから。僕が言うのもおこがましいけれど、説明とか理論武装だけで人を納得させるのではなくて、人の感情に訴えかけるぐらいに、お互いにがむしゃらにやっていきましょう。


《編集後記》

今回のまとめ
1 失敗した時や困ったときは、先輩の体験談を聞く。先輩の経験に勝るものはない。
2 仕事はこれでいいということはない。現状で満足するのではなく、その場でなにが出来るかということをいつも考えいくことが大切。
3 怖がらずに人間関係に飛び込んでいくこと。人からもし自分のダメなところを指摘されたとしても、それは自分をステップアップさせるチャンスである。

インタビュー当日の収録現場で、岡崎さんは傘も差さずに大雨の中、実況中継をされていました。

大雨にも関わらず、岡崎さんは明るくハツラツとしていて、話しているだけで元気をもらえるようなパワーを感じました。
その明るさや元気さが、テレビを通じて視聴者に伝わり、岡崎アナウンサーの人気の原因のひとつになっているように思います。

また、お話にもあったように、岡崎さんは現場で人に気配りをし、その場でなにが出来るかということをいつも考えて、情熱を持ってお仕事に取り組まれている様に見えました。

それは今回お答えくださったインタビューの内容を言葉だけではなくまさに行動にて実践されているようで、とても勉強になりました。岡崎アナウンサーの様に私も、なにも言わなくても人の感情に訴えかけるくらい仕事を頑張りたいと思います。



      

 

 

 

 

 

聞き手/写真:柴崎

 


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【★次回予告★】
※今回は都合により、掲載の順序を変更させていただきました。
第5回目は新宿区企画政策部歌舞伎町担当副参事として歌舞伎町ルネッサンス作戦を推進した方にインタビューします。
最近の新宿歌舞伎町の治安がいかにしてよくなっていったかということの裏話、企画を遂行するにあたって必要なことや苦労の乗り越え方を教えていただきます。 



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第3回 職場の雰囲気をよくするコツおしえます!
北海道放送アナウンサー 山内 要一 さん

 


 


《プロフィール》
1972年生まれ。
1996年経済学部経済学科卒業。
同年に北海道放送(HBC)入社。
テレビでは「Eスポーツ」でのキャスター、「ザ・プロ野球」での北海道日本ハムファイターズ戦実況・ベンチリポーターとして、ラジオではHBCスーパーベースボールでの北海道日本ハムファイターズ戦実況・ベンチリポーターとして、その他様々な番組で活躍している。
北海道日本ハムファイターズの新庄剛志選手(当時)の引退をどこよりも早くラジオで伝え、田中幸雄選手の2000本安打達成した瞬間を実況。

 


―相手にとって好ましくないことを聞くコツを教えて下さい

そういう時は、なかなかインタビューしにくいですよね。
例えば、選手から引退のコメントを引き出すように会社から言われたら、相当イメージトレーニングしながら考えます…。
多分、挨拶で始まって、その人のいい思い出の話をして信頼関係を築いてから、「今日、もう日本列島が震えていますよ。大変じゃないですか、本当にするのですか」ってじわじわっと聞いていく。味方という感じで聞いていきます。じゃないと絶対答えてくれないです。

話の苦手な人に対してはイエス・ノーの質問をするのではなくて、趣味や興味などについての質問をします。



―職場での人間関係を円滑にするために今までどんな事をされましたか

今まで、他部署の人に対して、納得がいかず、意見を言いたいと思ったことは何度もありました。ただ直接その人にぶつけたところで、解決するものではありません。一番よい方法は、自分の部局の部長から相手の部局の部長に自分の言いたいことを文書で出してもらうことです。それで相手も分かって下さいました。

番組の司会を務めるにあたっては、チームワークがモノをいうので、自分が明るい雰囲気を作っていかなければならないと強く心がけています。


―明るい雰囲気を作る方法を教えてください

人を笑わせようという気持ちだと思います。バラエティ番組の司会をするということに限ったことではなく、円滑にことを運ぶためには、笑いが必要だと考えます。それからテンションを上げることかな。

―テンションを上げるにはどうしたらいいでしょうか

テンションを上げるには何でもいいですよ。
「今日、いつも着ない赤い服着ちゃって、似合ってるじゃないですか」とか。
エライ方でちょっと一歩ひかなきゃいけない人には、「あっ、普段赤いネクタイなんかされてこないのにいいじゃないですか」などと言って、敬語を使わなきゃいけない相手でも懐にぐいっと入っていく。
嫌味にはならないように褒めていけば、向こうもきっといやとは思わないのではないでしょうか。


―インタビューで苦労されたことはありますか。またその克服方法を教えて下さい


 


 △アナウンス室での山内アナウンサー 



ありましたね。
取材でおいしい店に行くときってありますよね。
やっぱりこちらが緊張しちゃうと店のご主人も緊張しちゃうことがありました。
場数と経験を積まないと自分が緊張しないということはなかなか難しいです。
でも、自分がたとえ緊張していたとしても相手に悟らせない、見せないということが大切ですね。


―仕事で失敗したことはなんですか

失敗は数え切れません。ニュースでの読み間違いでは、「細面」を「ほそづら」と読んでしまったり・・・。

それから以前に、前日の天気予報を読んでしまったことがありました。画面が雨マークなのに「明日は晴れるでしょう」と言ってしまいました。


―自分の望みの職を得るためにどのような努力をされましたか

法政大学の「マスコミ講座」のアナウンサーコースで様々なことを学びました。人前で話す事に対する度胸は、かなり培われました。

就職活動は、アナウンサー受験一本に絞りました。とにかく全国の放送局を受ける事に決め、連日、書類を書いては面接を受けに行きました。


―人脈を得るためにどのような努力をされましたか

日々の積み重ねももちろんあるとは思います。
それから会議の席よりもざっくばらんな席のほうが建設的な話が出来るので、飲み会は大事です。
喫煙所でもリラックスしているので、意外に色々な話が出来ます.


―挫折はありましたか

思ったよりも早くに好調だった番組が終わってしまって、くやしかったということはあります。
私がメインの司会者で、TBS系列の「早おきビタミン」という北海道放送(HBC)の朝の情報番組を2004年の4月から始めました。
大分視聴率も安定してきた頃、みのもんたの番組が始まるため、終了してしまうと聞いて、がっかりしたことがあります。


―山内アナウンサーは、北海道日本ハムファイターズの新庄剛志選手(当時)の引退をどこよりも早くラジオで伝えたこと、田中幸雄選手の2000本安打達成の瞬間を実況したことが有名ですが、成功するためにどんな工夫や努力をされましたか

新庄選手のときは、当日は東京ドームでラジオの野球中継のベンチリポートを担当していました。球団広報からその情報が飛び込んで来て、正直確信しきれなかった部分もあり、どう伝えようか迷いながらも「他の放送局よりは絶対早く、そして勝手な解釈を抜きにして、ありのままで伝えよう」と心がけたのがよかったと思います。

田中選手のときは、前日の夜遅くまで緊張しながら、データ整理して準備し、締めのセリフをイメージトレーニングしていたのがよかったのかもしれませんが、田中幸雄選手が非常にキレイなヒットを打ってくれたのに尽きます。


―法政大学経済学部在学中に学んだことで、社会に出て活きたことはなんですか

ラジオなどのニュースを扱う番組で、自分の意見を言わなければならない時に、特に経済関係に関して、「4年間勉強してきましたが…」と言えるのは大きいです。
景気が上向くのではないでしょうか」と言ってもバックグラウンドがあるので説得力が出ると思いますね。


―今までに訪れた一番大きな転機はなんですか

初めてワイドのラジオ番組を任された時です。
経験もないから、必死に失敗を恐れずに一生懸命頑張りました。
月曜日から金曜日まで収録があったから、案外うまくいったことを次の日に活かしていきました。
それがどんどん次の仕事につながっていきましたね。


―アナウンサーになる前と後でギャップを感じたことはありますか



 
 △1回の更新に3時間
 かかるという野球選手
 データブック。
 山内アナウンサーが
 全て手書きで作成。
 田中幸雄選手のサイン
 入り。
 

 
全然ちがいます。画面で見る限りテレビって華やかそうに、楽しそうに見えますが、カメラの回ってないところでの地道な作業もとても多いです。

実況中継に使う野球のデータ整理には、ホームランを打つなど、なにかあると新たに書き足していくので、毎回3時間くらいかかります。
出張に行くと宿泊施設にプリンターがなかったりするので、今は結局全部手書きにしました。準備やデータ整備は時間がかかるしキリがないです。



―今後はどのような目標をお持ちですか

できれば「ファイターズ日本一」の実況です。

もう一つは、今、好評をいただいている元ファイターズのエースピッチャー・岩本勉さんとの解説・実況コンビが「北海道の名物コンビ」として全国的にも話題になってくれたらうれしいです。


―アナウンサーを目指す人へのメッセージはありますか

滑舌は社会人になってもいくらでもよくなるので、人と違う趣味や専門分野があると後々活かされますよね。
私は、将棋のアマチュア3段を持っていることと、クイズコーナーを持てるほどクイズが好きで作れることや、野球観戦も大好きなことなど全てが仕事に活きています。


―最後に社会人3年目から5年目の方にメッセージをいただけますか

ひたすら謝れば許してもらえるから、失敗を恐れず自分のやるべきことを一生懸命やってみてほしい。失敗は若いうちにしかできないし、失敗をしたとしてもそんなに悩まなくてもいいですよ。

それより、一生懸命仕事をした結果、案外これが得意だなとか、これは成功したなとか言うのを一日ひとつ、ない日もあるかもしれないけれど、自分で見つけていくと、個性が伸ばせると思います。そして、たくさんいろんな経験をしていってほしいと思います。

今になって考えると、経験がないと何事も急には分からないですからね。今している経験は、何年か後には必ず役に立ちます!



《編集後記》

今回のまとめ
1 明るい雰囲気を作るには笑いとテンションを上げること。テンションを上げるには、気付いたことを褒めるとよい。
2 聞きにくいことを聞くにはまず相手との信頼関係を築いてから。まず味方になってからであれば、本音を言ってもらいやすい
3 次に活かす反省をすること。失敗をしたら落ち込むだけじゃなくて、成功した時の原因を自分で見つけると個性を伸ばすことができる。

インタビュー当日、山内さんは昼食も食べる時間がないほどのタイトなスケジュールの中で、次に生放送が控えているにも関わらず、このインタビューのために時間を費やして下さいました。

チームワークのため、番組のためにいい雰囲気を作るためにも、このような山内さんのお気遣いと人へのサービス精神はいかんなく発揮され、それが人気につながっているように思います。

今回のインタビューで、失敗したときだけでなく、成功した時にも反省をし、次の機会へ向けて更なる発展につなげていくと、自分のよいところが伸びるということを学びました。
山内さんのおっしゃるとおり失敗を恐れず、日々の中から自分の成長につながる発見をしていきたいものです。

      

 

 

 

聞き手/写真:柴崎

 


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【★次回予告★】

第4回目は新宿区企画政策部歌舞伎町担当副参事として歌舞伎町ルネッサンス作戦を推進した方にインタビューします。
最近の新宿歌舞伎町の治安がいかにしてよくなっていったかということの裏話、企画を遂行するにあたって必要なことや苦労の乗り越え方を教えていただきます。 



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第2回 自分のSWEET SPOTを広げよう!
株式会社ビジネスコンサルタント 金 日基 さん

 



 


《プロフィール》
1966年生まれ。
1998年経済学部経済学科卒業 アメリカBaylor University修学。
韓国・高麗大学経営大学院(人事・組織専攻MBA)卒業。
半導体関連会社テスコン入社後、ベンチャー企業のコンサルティング会社を経て、株式会社ビジネスコンサルタントに転職。現在、海外事業部部長兼コーディネーターコンサルタントとして在職。
同時に日本能率連盟認定経営コンサルタント、国際公認経営コンサルタント協議会(JCMCI)公認経営コンサルタント(CMC)、大韓貿易投資振興公社顧問コンサルタントとして活躍している。

 

 


―会社でどのようなお仕事をされていますか 

日本、アメリカ、韓国、台湾、中国などを舞台に、人的資源管理関係・組織変革コンサルテーションやグローバルマネジメントの講演会や研修、コラムを書くなどの仕事をしています。
当社の韓国拠点に出向していた時代は、韓国政府の幾つかの省の人事改革プロジェクトや多くの日系企業や韓国代表企業に関わっていました。


―今の仕事とやりたいことが合わない社会人3年目〜5年目の人は多いのですが、人事コンサルタントとしてアドバイスはございますか

上司が悪いとか福利厚生がおかしいだとか現状に対して不満は言うけれども、自分がどうありたいのか不明確な人が結構多いですね。

当社がよく使うモデルですが、SWEET SPOTモデルというものがあります。自分が今何をやりたいのかがWANTで、自分が出来ることがCAN、そして組織の中で期待されていることSHOULDが重なったところがSWEET SPOTです。リストアップして、自分のSWEET SPOTをまず見つめることが大事だと思います。


 



そこから、自分がやれることや足りないことを徹底して勉強したり伸ばしたりすると、スキルや職務経験も増えて、信頼もされ、会社から頼まれるSHOULDの仕事も増えるはずです。その中にやりたいWANTの仕事も増えてくるのではないでしょうか。

それでだめだったら、辞めた方がいいんじゃないでしょうか。出来ることもない、なにを要求されているのかも分からない、ただ単に漠然として自分はこうしたいと言っても会社はボランティア組織じゃないし、甘いと思います。
徹底してSWEET SPOTを広めればより自己実現に近づきますよ。


―現在の職に就くまでの職歴等を教えてください

新卒で、半導体装置会社に入りましたが、黒字倒産しました。
その過程で退職をする人や倒産手続きや外部対応などをさせて頂き、組織は、理屈だけでない生身の人間の集まりであることや経営の大事さなどを身をもって体験しました。

知人の紹介で次に入ったのがベンチャー企業のコンサルティング会社でしたが、指示がころころ変わる社長と合わず、会社を辞めました。本当に自分がやりたいことを探していたら、ホームページで株式会社ビジネスコンサルタントを見つけ内定をいただきました。


―今までされた一番大きな決断はなんですか




結婚ですね。色々とやりたいことがあり、悩みに悩んだ末の結婚でしたが、私がやりたいことを妻が万全の体制で支えてくれているので、考えてみると良い決断だったと思います。

―職場での人間関係を円滑にするために今までどのようなことをされましたか

私は、変に無理をしてもうまくいかないので、自然体で堂々としています。自分が正しいことをして、それが認められる会社であればそれは素晴らしい会社であるし、変に足を引っ張るようであれば、辞めた方がいいと思います。

―仕事で一番成功したことはなんですか

現地法人の無い顧客の場合は、対応が素早くできなかったり、現地のコンサルタント会社より当社の方が費用が更にかかったり、連絡をするにも国際電話となったりするなどマイナスの条件が多い中で、お客様から信頼を頂き継続的に仕事を発注していただいていることです。

―人との付き合い方で実践されていることはありますか

人に合わせた仕事の振り方や付き合い方が出来る方法があります。例えば、上司から仕事を振られた時、すぐに行動に移す人、調べてから行動する人、みんなで仕事をする人など色々な人がいますよね。

当社の著作権Lifo(世界40カ国、1000万人以上が使っている)というツールで分析すると、人間のパターンが分かるので、その人にあった形でアプローチすると、仕事の連携や人との付き合い方がうまくいく場合が多いんですよ。
これについて 『4つの人生ゲーム』 という本も出ています。ちなみに私は韓国語訳をしています。
 
 


「4つの人生ゲーム(Lifo)」スチュアート・アトキンス著 金日基 韓訳

 
―人脈を得るためにどのような努力をされましたか

公私とも一期一会の精神を大切にしています。この人と今日会うのが最後だと思えば許せる、受容する気持ちもあるのではないでしょうか。

公的にはお客様のプロジェクトに最善を尽くすことです。また、契約内容より更によい結果が出るようにがむしゃらに頑張ります。体力的にも辛いときもありますが自己成長にも繋がるしそれが指名や紹介を頂くことにつながりますね。
私的な人脈作りは、社会人はみんなさん一緒だと思いますがなかなか時間がないのですが、自分にとって大事な人は睡眠時間を減らしてでもきっかけを作って会うことですね。
 

―未経験者が人事コンサルタントになりたい場合、どのようにすればなれるのでしょうか

1 自分がなりたい分野のコンサルタント領域(戦略系、人事組織系、会計系、企業研修系)の部門で働くチャンスを得る。そして3年くらい経験後、希望するコンサル会社へ応募する方法があります。ちなみに当社は、営業からスタートするので専門力がなくても、とりあえず入社はできます。しかしコンサルタントになっても売れるかどうかはその人次第です。とても大変ですよ。


2 MBA、公認会計士などの資格を取得してから 外資系コンサル会社へ入る人もいます。
自分で調べて知識を増やし、自分に合いそうな会社を見つけたら、連絡して訪問してみたりしながら選んでいくことが一番大切です



―これからの目標を教えてください

今はアジア企業を中心として、コンサルティング、コラムを書いたり書籍の翻訳などをしていますが、中期的にはコンサルタントとしても学者としても西洋の学会や学者にも認めれらるようになりたいですね。


 


金さんの翻訳書とインタビューが掲載された専門誌

 


まだ、長期的には(定年をいつにするかは考えていませんが)、今までの経験や知識を活かして収入が目的ではない社会貢献ができる人になりたいですね。
それが自分自身の人生の最終目標です。ここまで出来たら死ぬ時も笑顔で死ねるかなと思います。
そのために今を生きる。だから楽しい。またいろいろと大変なことがあっても乗り越えられるかなと思います。


―最後に社会人3〜5年目の方にメッセージをお願いします

パスカル・キニャルは、次のように述べました。
「王となるため彼に足りないのは唯一王国だけである」。
これは私を動機付ける言葉です。自分なりに解釈すると、人間は誰でも、何もかも全て自分の思うようにはならないと思います。思うようにならない現実を他責にしたり、環境のせいにすると「自己慰安」にはなるかもしれないが「自己実現」には至らないですね。

本当に自分が活き活きして仕事ができるようにするためには、(王となるための)理想の自分と現実の自分に足りない部分をを埋めるために努力していけば、いつかチャンス(王国)は得られると思います。その過程で、目標も大きくなるものかと思います。
人生の最終目標を持つことが大事だと思います。




《編集後記》

今回のまとめ
1 夢を持つこと。自分がどうありたいのかを考えることが大事。
2 SWEET SPOTを広げること。WANT、CAN、SHOULDが重なるところを広げることが会社での自分の自己実現をすることにつながる。
3 人のタイプを見極めて付き合うこと。人と付き合ったり共に仕事をしたりする時には、その人のタイプを見極め、それに合った働きかけをするとスムーズに行く。

インタビュー当日、大学時代にNHKハングル語講座のアシスタントをされていた時や、日本映像教育協会講師をされていた時の、雑誌に掲載されたご自分のコラムや論文などの沢山の資料をお持ちいただきました。

今から8年以上前の資料をいつでも取り出せるようにきちんと整理しているところに、物事を秩序づけてととのえるコンサルタントとしての資質が見えたような気がします。

LifoやSWEET SPOTなどは、初めて聞く話なのでとても新鮮に感じ、本当にためになりました。私も今回の金さんのアドバイスをもとに、SWEET SPOTを見つめるところからまず始めてみようと思います。
 
      

※ このインタビューには、村串法政大学名誉教授(ホームページ部会長)も同席されました。 

 

 

 

聞き手/写真:柴崎


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【★次回予告★】

第3回目はアナウンサーにインタビューします。
場の空気を読むコツ、場を明るくするコツなど、職場での雰囲気を良くして人と仲良くなれる、ちょっとした方法を伝授していただきます。



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第1回 経済学部同窓会に入って強い人脈ができた!
中小企業基盤整備機構 参事 中島 孝 さん
 
nakajimabest 

《プロフィール》
1970(昭和45)年3月法政大学経済学部卒  
職歴:民間企業や機械輸出の組合での勤務を経て、地域振興整備公団(現中小企業基盤整備機構)に就職。本部及び地方勤務を経て現在、参事として同機構の産業用地部の業務を担当をしている。font>



―中島さんのお仕事の内容をお聞かせください

中小企業基盤整備機構は、事業者の方が抱える課題の解決を支援する、中小企業政策と地域振興策を行う国レベルで唯一の総合的な機関です。
企業への工業団地の分譲、賃貸、資金融資の返済業務や事業者からの相談対応など、現在所属している産業用地部の業務は多岐に渡っており、場合によっては保証人交渉もしています。


―キャリア・アップのために今迄どのようなことをされてきましたか

私の仕事は、現場があっての中小企業基盤機整備構なので、現場で働いていたということはいろんなことを勉強するのに、非常に鍛えられた環境でした。現場では、経理や人事などの管理部門にはないことをたくさん経験出来ました。
お客さんとの連日のトラブルや、やりとりが全て勉強になりました。
研修を受けたり、職務に関する本を読んでいましたが、やはり現場にて、足や体で学んだことの方が大きいと思いますね。


―人脈を作るためにどのようなことをされてきましたか

(1)連絡を取り続けること。
(2)経済学部同窓会に入ること。
同じ大学、同じ学部、というのはとても強いつながりになり、随分と人脈が出来たので、早い内に入ることをお勧めしたいです。
(3)縁はどこにあるか分からないという気持ちでいつもアンテナを張っていること。
私の場合、同じ時期に同じ場所にいたという偶然を大切にして、思わぬ人脈が出来たこともありました。


―仕事で一番成功したことはなんですか


やっぱり仕事を通じて、事業者の方々の悩みやニーズに応えられたということでしょうね。
その結果、感謝された時が一番仕事が成功したと感じました。
転勤した後もそういった方との交流が続いていて、本当に有難いと思っております。

―仕事が成功したのはどんな理由ですか


3

シンプルなことですが、自分でいろいろなことを勉強するなどして事業者のみなさまの役立ちそうな情報の収集を徹底的に行うことですね。
そういったことを積み重ねると、事業者の悩みや相談に的確に答えたり、情報を提供したりすることができると思います。


―仕事において一番失敗したことはなんですか

自己判断で行ってしまったことが、自分の責任の範囲内で解決できないような結果を招いてしまったことがありました。
この経験を通じて、仕事を自分だけで抱え込んでしまうのではなく、組織の中で相談・解決することが大切だと身を持って知りましたね。


―若手社会人が辞めた理由はどんなことですか

転勤の多さに我慢できず、辞めた人もいますね。
積極的な理由では、中小企業基盤整備機構に入って、人を支援する仕事の面白さに目覚めて、さらにそれを極めるために弁護士になるといって
辞めていった人もいます。
 

―今のご職業に就くまでの経緯を教えて下さい

実は、大学4年生の時にたくさんの就職試験に落ちました。学生時代は百貨店でアルバイトをしていたことが多かったので、当初は流通業界を希望していたんです。

しかし、採用試験に受からなかったので、流通業界に就職することは諦めました。
仕方がないので他の業界に就職したものの自分には合わないと思い数ヶ月で退職し、機会輸出の組合に再就職しましたが、どうにも我慢出来ず、2年程でやめてしまいました。

その後、気分転換に友達と登山に行き、ちょうど帰ってきた時にたまたま知人の情報で、地域振興整備公団(現中小企業基盤整備機構)が人材を募集していることを知り、自分に合うと思い、応募したんですよ。


―今の若い人に向けてのメッセージをお願いします

若い人の離職率が高いと昨今、問題になっているようだけど、自分に仕事が合わないと思ったら、やめることも仕方がないのではないかと思います。
私の場合も、この職に就くまでに紆余曲折があり、焦りももちろんありました。
ただ、誰しも自分の地盤を固めねばならない時期というのが、きっとあるのではないでしょうか。

今、振り返ってみると、私の場合はそれが30歳前だったと思いました。そして、当機構に勤めることができたわけですが、やはりその時期に自分の人生の基盤となる職業を決めておいて本当によかったと思います。
若い方も、色々試すこともいいのですが、自分の人生の基盤を固める時期を見極めて、覚悟と決意を持つことが必要ではないでしょうか。





《編集後記》
 中島さんは、「現場で学ぶことの大切さ」と、「仕事における成功とは、人に喜んでもらい、よい人間関係を築くことだ」ということを飾らない言葉で教えて下さいました。
 そして、「迷ってもいいけれども覚悟を決めることも大切だ」ということを、同時に教えて下さいました。中島さんのように、現場での体験から顧客の満足するサービスに気付き、それを提供して、よりよい人間関係を作り上げていけるようになりたいものです。
 
       
聞き手:柴崎 写真:小柴


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【★次回予告★】

第2回目は国際的に活躍されているコンサルタントにインタビューします。
「今の職業は本当に自分に合っているのだろうか」と迷った時のヒントが見つかるかも
しれません。どうぞご期待下さい!



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